別居して半年後(2014年2月)

2014年2月19日

別居して約半年が経過しました。
僕から初めて「離婚」という単語を出して
「そういう選択肢も視野に入れよう」
と言ったのは2012年5月末頃。

その頃から家庭内別居が始まり、
僕は一人で別の部屋で寝るようになりました。



お互いの将来の話を何度も持ちかけようと思い、
メールで色々書いて送っていたら、
妻へのメールが送れなくなりました。
着信拒否されたのです。

話があるなら直接話をしろ、という意味のようです。
でも、よく考えると結婚してからお互いが議論して、
何らかの結論に至ったことなど一度もない気がします。
いつも話は平行線で、
「やっぱり話さなければ良かった・・・」
と残念な気持ちになってしまいます。

色々なやり取りの末、

僕はこの妻と一緒に居たら、
大きな失敗をしないかもしれないけど、
絶対に成功もしない


と確信しました。

 

 

2013年春
僕が離婚の意思を具体的に示し始めたからか、
妻の義父からの強い要望で三人で話し合いの場をもちましたが、
僕はその時に
「嗚呼、この人たちと関わっていたら、僕はダメになる」
と確信し、法テラスへ行くことを決意しました。

その数か月後、離婚調停が始まりました。

 

その夏、妻と子供たちが毎度の事、
妻の実家に帰省している間に、
安いアパートを探し、友達の協力のもと
引っ越ししました。

 

その直後、子どもの誕生日でしたが、
妻に会いたくなかったので子どもにプレゼントを贈りましたが、
その後の調停で、妻はそのプレゼントの小包を返してきました。
誕生日プレゼントは直接渡すものだ、とのことです。
それは理解できるけど、わざわざ持ってこなくても・・・

仕方がないので、僕はそれを持って帰り、
面会交流で改めて渡すことになります。




別居して半年。
精神的に楽になる反面、子どもたちへの罪悪感は拭えないのも事実です。
でも、不仲な夫婦間で、子どもが健全に育つとは思えません。

今は、一日でも早く、離婚を成立させたいと願うばかりです。

このブログでは、今まで書き留めていた
メモやSNSに残していた日記などから
備忘録としてまとめようと考えて始めました。

決して離婚を推進しているわけではありませんが、
自分が不幸な思いをしながら家族を支えるのは意味がないと思っています。

色々手を尽くし、各経験者と相談し、考え抜いた結果、
「離婚」することが自分、子ども、妻のそれぞれにとって
結果的に「良かったね」と言えると確信できるなら
建設的別離はありだと思っています。

賛否両論あるのは解っていますが、僕が今経験していることが、
どなたかのお役に立てるのであれば幸いです。

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